2017年5月2日火曜日

共謀罪・大逆事件と母校創始者

 昨日の東京新聞の夕刊で、母校の高校(専門学校)の創始者、西村伊作の名前に触れました。記事のタイトルは「大逆事件の教訓 今に」で、冤罪で刑死した医師「大石誠之助」の名誉回復を求め活動する市民団体が「『共謀罪』は同じ被害者を生む」と警鐘をならしているという内容です。
 明治天皇の暗殺を計画したと、検察当局は幸徳秋水、大石ら12人を死刑にした事件ですが、直接関係なかった人たちを捕らえ死刑にする蛮行が行われました。個人の立場で非戦や人権を守る大切さを訴えていただけの人が、とばっちりで逮捕され、死刑や無期懲役を一審のみで決められてしまう恐ろしさ。
 西村伊作は当時の文部省の教育を8人いた子どもたちに受けさせたくないと、自身の手で学校を創立しました。与謝野晶子、鉄幹、平塚らいてう、佐藤春夫らが教鞭をとっていて、日本で最初に男女共学を実践しました。私が大磯から御茶ノ水に通っていた時代も「高校生に校則はいらない、自分で判断しなさい」「制服なし」「週5日制」「勝ち負けを付けるのはナンセンス、体育はなし、代わりにレクリエーションの授業」「数学は答えがでて面白くないので教えない」など、自由な校風で知られていました。軍部に学校の使用を断ったために投獄されたことは教わりましたが、新聞記事で合点がいった次第です。
 西村は大石のおいにあたる人でした。記事からはどれだけの親交があったのかわかりませんが、開戦前の明治44年に処刑されていますから、西村もおそらく「命懸け」で軍に逆らったと思われます。
 今日のしんぶん「赤旗」では、戦意高揚のポスターが紹介されています。こうして、少しずつじわじわと感覚を麻痺させられる・・・冬眠中のカエルが茹で上げられるまで気が付かず死んでしまう・・・恐ろしい感覚が重なります。「共謀罪」制定は止めさせなくては。